エストニアのお皿

エストニアのお皿

趣味ですが、食器が好きです。若いときには全くこだわりなく、それこそ100円で買える食器や、実家からもらってきたお皿を使っていました。ここ数年ですが、遅ればせながらようやく私も食器に興味を持ち出しました。
もともとのきっかけは、お友達のお家に素敵な食器があり、どこのかな?と伺うと、北欧のブランドでした。
例えば、イッタラ、アラビアというフィンランドのフィンランドのブランド。ロイヤルコペンハーゲンはデンマークのブランドです。
私が大抵気になるのは、上記に代表される北欧の国の食器ということがわかりました。きっかけとなったお友達曰く、イッタラやアラビアはなぜか、柄と柄の食器を合わせても色が喧嘩しないとのこと。
不思議なのですが、それは面白いと思いました。おそらく色の波長が何かの共通を持っているのかもしれません。
また、イッタラやアラビアと一緒にマリメッコなどの柄のクロスを持ってきても、なぜかしっくりくる。
センスに自信がなくても、安心して好きなお皿を買えるというのも良いところです。
どんどん調べていくと、アンティークもあり、60年代、70年代に作られた食器を大事に使われている方もいます。気のせいですが温かみや味があり、料理の味に深みが出てくる感じもします。
国内でも同じような趣味の方々がいらっしゃることを知ります。例えば北欧のアンティーク食器を販売されている、世田谷にあるフクヤさんや田園調布にあるStickaさんに代表されるような素敵なお店を訪れて、なかなか高価で買えないけれども見ているだけでもなんだか楽しい気分になります。私にとっては美術品を見るという感覚に近いかもしれません。
とはいえ、エストニア料理を作っているのに、エストニア食器の話が出ないぞ。と思われるかもしれませんが、実はいろいろ探していますが、エストニア食器メーカーはやはり侵略の歴史に影響され、同じ工房がずっと続けて作り続けることができなかった背景もあり、フィンランドなどのようにエストニアといえばこの食器ブラントという物がありません。
残念ですがそのような状況です。
しかし、Langebraun(ランゲブラウン)という食器メーカーがかつてエストニアにはありました。創設者はNikolai Langebraun(ニコライ・ランゲブラウン)という方です。エストニアで初めて陶器を工業生産をした人物です。1920年代から30年代が主な期間です。その後1940年に入ると国有化されてしまい、そこでLangebraunは消滅してしまいます。
お皿の柄は、果物や野菜、花、中華風のドラゴン、エストニアの民族柄のモチーフなどあります。
現在でも、オークションサイトなどで取引されていますが、やはり国有化をしてしまうと、北欧などのように陶器ブランドを保つことができなかったという歴史的背景が現在でもエストニアの産業に影響を及ぼしているということが言えます。
しかし、数少ないLangebraunの食器を購入し、エストニア料理に使いたいと陶器へのロマンを駆り立てられてしまいます。

(写真はWikiより引用)



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